他人の言葉だと思っていたら自分の言葉だったという事もある【2006/08/11 23:11】

「自分の言葉で語るべき」というフレーズをよく聞く。その度に私は「自分の言葉」の捉え方は、人それぞれなのだなと思ったものだ。
私なども自分の等身大な言葉で語っていないときもあるので、矢張り「自分の言葉」で語っていないとも言われるだろう。それは、人の体験したことを自分なりに脚色して書くことも私はあるからだ。それから、少々違う意味合いかもしれないが、自分の経験したことを他人が経験したことのように書いたりもする。たとえば、オリジナルを知っている人がたまたまそういったものを見た場合、「それって誰それさんのことでしょ。他人の書いたものを勝手に使ってる」と言われてもしかたないとは思う。だが、リアルの自分が書いたのだとは知られたくない場合、そういう書き方をしてしまうときもあるのだ。だから、その様な時、公の場所で聞かれるよりメールとかでこっそり聞かれた方が私も助かる。何故素直に書かないんだとも言われるだろうが、色々と事情というものもあるので。
それから、どうすれば相手が傷付くか、それが分かるはずだと過去に言われたことがあるが、確かにそれはそうかもしれないが、人とは考えもしない言葉で傷付くこともある。此方が、こんな言葉で傷付くだろうと思っていたら傷付かないこともあるし、これは傷付かないだろうと思っていたら傷付くこともあるのだ。現に、私は「どうすれば相手が傷付くか、あなたに分からないはずがない」という言葉で深く傷付いたのだから。もっとも、その言葉で傷付く過去を持っている私が悪いわけだが。しかし、そんな事は相手は知りもしないということもよく分かっているつもりだ。だから、どんな言葉でも書けばいいと私は言い続けるだけだ。
ただ、誰がどんな言葉で傷つくかは誰にもわからないということは、誰もが知っていなければいけないと、私はそう思っている。

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