《理解しなくていい 》【2003/07/25(金)】

ある作家が「弱さと無垢」を肯定する時にこう定義したと聞いた。

『弱さとは欲望の否定。つまり、「相手を愛するのはよいが犯してはならない」という「可憐な者同士の友情の極限」である』

それを読んだある批評家は『まともな常識から判断して非常に気色の悪い関係だ。虫唾が走る』と言った。

ふーん。そうか。常識人はそう思うんだ。
私はそうは思わないけれど。
これは巷で流行りのネット恋愛にも言える事だ。
やはり逢わずに愛し合うっていうのを毛嫌いする人も確実にいるってことか。
勿論、それを否定するつもりはない。
理解できないのなら理解する必要もないと思う。
以前だったら「理解しようよ」とか「理解してあげよう」とか言ってたと思うが、今の私は理解する事が果たしていいことなのかという思いがあるから。

私の尊敬するある作家は、理解されてしまったらおしまいだと言った。
常に虐げられ糾弾され続けるからこそ「なにくそ」という強さが生まれてくるからだ。
勿論、そういう人ばかりではなく、理解してもらって優しくされてその中から生まれてくる芸術というものもあるし、それらで救われる人もいるわけなのだが。
だがそれだけが芸術の全てではない。
力を与える物も必要だと思う、優しさだけではなく。
ある物を見て、或いは読んで、「なんだ、これは、こんなもの芸術なんかじゃない」という怒りから「自分が作り出してやる」と思う場合もあるだろう。
または、とても受け付けられないが、だが何故か惹かれる、何故か引き寄せられるという物もあるだろう。

優しさだけが良いわけじゃない。

理解できない物に真理が隠されている事もあるのではないか、、、私はそう思う。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック